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【レポート】スローコミュニケーション×子どもサイレントアートレポート

つながるのか、つながらないのか。
伝えるのか、伝えないのか。

 

スローコミュニケーション×子どもサイレントアート

 

2022年5月。茅ヶ崎公園体験学習センターうみかぜテラスにて、『スローコミュニケーション×子どもサイレントアート』のワークショップを開催しました。

このサイレントアートは、4Heartsと「Ladybug Learning Project」の代表である栗林大空(Jiyuu Kuribayashi)さんとのコラボにより実現しました。
「Ladybug Learning Project」は茅ヶ崎市と藤沢市を拠点にさまざまな親子向けプログラムを展開していて、表現活動を通した親子の心地よい関わりを伝えています。

「子どもを評価するのではなく、興味あるものに寄り添う」、「子どもの表現や遊びを止めることなく、どこまでも発展させていく」そんなあり方が社会の当たり前になるように、創造の種を撒き続ける「Ladybug Learning Project」。

「きこえない人、きこえにくい人だけじゃなく、すべての人の“伝えたい”を大切にしあえるまちづくり」を子どもたちの視点から取り組む4Heartsのスローコミュニケーションプロジェクトとのコラボイベントです。

参加してくれたのは、身近に中途失聴の人が居るため少しでもその気持ちを知りたいという小学生や、音楽を仕事にしているという方とそのご家族など、様々な立場の参加者が集いました。
当日、体調不良により二家族のキャンセルが出てしまいましたが、子ども3名、大人3名の参加者6名とスタッフ6名の12名で朗らかな雰囲気の中スタートいたしました。

なお、今回のイベント参加者のうち、きこえない当事者は人工内耳と補聴器を付けている4Hearts代表の那須と、補聴器がなければ殆どきこえないという中途失聴者のYさんの二人でした。2名の手話通訳士が情報保障を行いました。

 

スローコミュニケーション×子どもサイレントアート

 

今回のプログラム内容は、まず「きこえない」とはどのようなことなのかを聴覚障害体験(※)を通じて実感してもらい、現在生じてしまっている問題の共有を行いました。その後に、スローコミュニケーションについて語り、サイレントアートのワークショップを行いました。
※: 聴覚障害体験とは耳栓をした上にヘッドホンをしてホワイトノイズを流すことで、きこえにくい状態を擬似的に体験してもらうプログラムです。

はじめに参加者とスタッフ全員の自己紹介を行い、アイスブレイクとして「今きこえている音」を確認し合いました。エアコンの音、隣の部屋でおじさんたちが話している声、ホワイトボードに書く音、人が動く音、服の擦れる音、鳥の声、息をする音…。日常にはたくさんの音で溢れています。

それに対して、きこえない当事者である那須とYさんの二人は、ほとんどの音が聞こえていないと言います。聴者の参加者からは、自分には何気なく入ってくる音が「きこえない」という二人の言葉に少し驚いた声がもれました。

 

スローコミュニケーション×子どもサイレントアート

スローコミュニケーション×子どもサイレントアート

 

その後、ヘッドフォンで実際に「きこえない」を体験した参加者からは、「音以外の感覚に頼っていた」「人との距離感がわかりづらかった」といった気づきの声があがりました。

そうして、全員が「きこえない」を実感した後、聴者による音声言語だけの会話によって生じるコミュニケーションの問題を実感してもらうテーマトークにうつりました。 これは、参加者のうち数名だけが「きこえない」状態で、テーマに添って雑談してもらうというものです。
「ゴールデンウィークに行った場所はどこ?」、「美味しい食べ物は何ですか?」という何気ないテーマの雑談を一通り進めた後、「きこえない」状態の参加者に簡単な筆談や手話とジェスチャーでの投げかけを行いました。

例えば、茨城にキャンピングカーで遊びにいったという話題になったとき、那須はヘッドフォンをしている女の子に、あえて「あなたも一緒に行ったの?」とだけを筆談しました。女の子は会話の内容が全くわからないので、そもそも質問の意味がわかりません。力なく首を振る女の子。

そこで那須は「茨城」と書き足しました。
すると女の子は、うんうんとうなづきます。

これは、きこえないきこえににくい人が、咄嗟に話を振られてもうまく会話に入れないということを疑似体験してほしくて、あえて行いました。

 

スローコミュニケーション×子どもサイレントアート

 

参加者からは、「何もきこえなくて、相手がどんな話をしているのかもわからないから、自分の悪口を言われているみたいな感覚でちょっと嫌だと感じた」という声や、「ひとりだけ置いていかれた感じがしたけれど、筆談をして寄り添ってもらえたとき、すごく嬉しい気持ちになりました」といった声があがりました。
筆談だけでなく、手話とジェスチャーによるコミュニケーションを図った参加者からは「ちょっとはわかるような…」との声もありました。

 

スローコミュニケーション×子どもサイレントアート

 

そうした参加者の声に、それらが「ディナーテーブル症候群」や「微笑みの障害」と呼ばれ非常に問題になっていることを説明しました。
家族の中で一人だけきこえないことで、家族の輪に入ることができずに“自分は家族の一員ではない”との想いを抱いてしまう子もいること、また、楽しく語り合う仲間たちの雰囲気をこわさないように、話から置いていかれている当事者がごまかして微笑むしかない状況に陥ってしまっていることを、那須が自身の体験とともに語りました。

 

スローコミュニケーション×子どもサイレントアート

 

現在の日本の難聴者数は全人口の11.3%にあたる1430万人、聞き取りに不安をもっている人も三人に一人いると言われています。決して少なくない当事者が置かれている状況への理解が進まない現状を生んでいるのは、コミュニケーションにおける障害が大きく関わっているのです。
当事者はわからないまま仕方なく微笑んでいるにも関わらず、それを見た聴者が「話をわかってくれている」と思い込んでしまう。そのために、音声言語以外のコミュニケーション方法の必須性が理解されず、コミュニケーションが成り立たないのです。
決して「きこえない」ために生じてしまうのではないことを、参加者の発言を手話通訳によって理解し進行を進めた那須が明らかにしています。

 

スローコミュニケーション×子どもサイレントアート

 

対応の仕方を何も知らないままでは、きこえない、きこえにくい人も沢山増えていく超高齢化社会の中で、“伝えたい”ことが伝えられない、安心して暮らすことの出来ないまち、になってしまうのではないでしょうか?

目の前の人の“伝えたい”に真摯に耳を傾ける「スロー」なコミュニケーションを行うためには、当事者側も変わっていかなければならないのですが、周りの人も目の前の人の背景を想像して、様々なコミュニケーション手段をたくさん持つことが大切です。そうして互いに“出来た!”を重ねていくことにより生まれる「こころのゆとり」が “人にあたたかいまち”をつくっていくと考え、スタートさせたのが4Heartsのスローコミュニケーションプロジェクトであることを伝えました。

 

スローコミュニケーション×子どもサイレントアート

 

休憩をはさんで後半では、“スローコミュニケーションあふれるまち”はどんな姿なのか、実際に想い描いてもらうサイレントアートを行いました。これは、一人ひとりが考える姿をクレヨンで描いてもらい、その絵をひとつの“まち”としてつなげてもらう、というものです。
まずは思い思いに描いてもらった後、席替えを行い、他の人が描いた絵に描き加えます。

そうして出来上がった一つひとつバラバラの絵を、様々なコミュニケーション手段で示し合いながら道や絵のモチーフをつなげて大きなひとつの“まち”を完成させていきます。

この時、コミュニケーション手段として使うのは、身振りやアイコンタクト、筆談などです。音声言語には頼らずに自分の想いを伝えていきます。筆談は、テーブルに敷いてある大きな模造紙に自由に書けるようにしました。

 

スローコミュニケーション×子どもサイレントアート

どうやって絵をつなげようか?

 

スローコミュニケーション×子どもサイレントアート

“道”を上の絵につないでみる

 

最初は黙々と描いていた参加者も、隣の人が描いた絵を見て、模造紙に書いて質問したり、「こんな絵を描きたい」といった自分の気持ちを書いていきました。そうして書き残された筆談に、また別の参加者が気づいて話の続きをしたり、自分が描く絵のヒントにもなっていました。

特に席替えをした後、他の人が描いた絵の内容を読み取るのはなかなか簡単ではなかったようです。大人ほどあれこれ考えてしまうのか、手が止まってしまっていました。 描かれた絵をじっくりと眺めて想いを汲み取ろうとしたり、書かれた筆談の後から描きたかったものを推測したという参加者のみなさん。

 

スローコミュニケーション×子どもサイレントアート

 

「他の人が描いた絵にイメージをのせちゃっていいのか戸惑いました」、「困っているから尋ねてくれた真意が汲み取れなかった」といった声もあれば、「お父さんが描きたかったものはだいたいわかったので、その絵から自分なりに思ったことをここに描きました」、「きっとここに居るのは一人じゃないなと思って、これも描いて付け加えてみました」と、相手の想いを想像できたという声もありました。また、積極的に筆談でコミュニケーションをとってから、イメージを膨らませて描いたという方もいました。

 

スローコミュニケーション×子どもサイレントアート

スローコミュニケーション×子どもサイレントアート

マスクにはバッテンマークが。筆談でコミュニケーションをとる。

 

スローコミュニケーション×子どもサイレントアート

 

最後には、一人ひとりの想いを改めて言葉にして語ってもらった後、独立して描かれた一枚一枚の絵を、ひとつの大きな“スローコミュニケーションなまち”としてつなげていきました。

この時も、コミュニケーション手段として使うのは、身振りやアイコンタクト、筆談、手話などです。音声に頼らずに自分の考えや描きたいものを伝えていきます。
最初は、どの絵をどう位置づけるのか、どうつなげたらいいのか考えていた様子のみなさんも、「こうしたらつながる!」「こんな風に描いてもいいかも」と描いていきました。

 

スローコミュニケーション×子どもサイレントアート

スローコミュニケーション×子どもサイレントアート

ここに描き足したら絵がつながるよ!

 

スローコミュニケーション×子どもサイレントアート

木も音符も足して楽しそうなまちにしよう

 

スローコミュニケーション×子どもサイレントアート

ベンチの脚を下の絵にも描いてつなげてみた。

 

スローコミュニケーション×子どもサイレントアート

スローコミュニケーション×子どもサイレントアート

道や草木がつながる。自然豊かで昆虫も生き物たちも全てが楽しそうなまち。

 

スローコミュニケーション×子どもサイレントアート

 

それぞれが思い描いた“スローコミュニケーションあふれるまち”がつながりました。

今回初めて「きこえない」体験をした方や、きこえない人と話をしたという参加者のみなさんは「すごくいい経験になりました!」と口々に言いました。

「如何に自分が耳に頼っていたのか実感させられた」、
「自分の絵を描いた後に他の人の絵をつなげて描く際に、“相手が何を伝えたいのか”を読み取るのが大変だった」といった気づきの声。

「よそ見をしていたらエレベーターが開いたのに気づかず、本当に普段からいつも気を張って生活されているのだろうな、というのがわかりました」と想像する声。

「今までは認識がなかった身近にいる耳のきこえない人とのコミュニケーションを、実際の生活の中でどうゆう風にしたらわかり合えるのか考えていきたい」

「今まできこえる人たちに向けてつくっていた音楽の仕事を、きこえない方にどのようにして伝えていくのがいいのか数年前から勉強してきたが、今回のイベントによって今まで動かしていなかった部分の脳を使うことができて、すごくいい経験になりました!」と、今後の生活の中で次のアクションにつなげたいという声。

「絵を久しぶりに描けて楽しかった!」、
「少しは耳がきこえない人の気持ちがわかって、親近感が沸きました」との声もありました。

 

スローコミュニケーション×子どもサイレントアート

ご自身の思いを語るYさん

 

しかし、「どれだけつらいのかがわかりました」との感想に、きこえない当事者であるYさんがこのように語ってくれました。

私はきこえない人ですけども、そんなに辛い思いをして暮らしてはいません。きこえないなりにすごく楽しく暮らしています。自分の身近に少し助けてくれる人が居ると、それだけでいいんです。ほんの少し買い物をするときにちょっと助けてくれたり、「きこえないよ」と言ったときに、「あっ!じゃあどうしたらいい?」と訊いてくれる人がいれば、決して、きこえないこと自体がすごく苦しかったり、辛いことではないんです。
ただ、“きこえない”ということだけで、わたしの決定権を奪わないでほしいのです。以前、わたしが受け取る年金に関して市役所に行ったら、市役所の職員は全てを夫に向かって話をするし、夫もわたしには何もきかずに全ての話を決めてしまった。でも、その場で怒るわけにもいかなかった、という経験があります。わたしは確かに“きこえない”のですが、文字などによって必要な情報がわかれば、判断することは十分できるんです。
だから、「きこえない」と言う方がもし居らしたら、「どうしたらいい?」と一言、ひとつ書いて訊いてくださると、もうそれだけでとても人生が楽しくなるんです。十分です。そんな感じで、すごく辛いことだ、という捉え方はちょっと違うのかな、と感じています。

Yさんの発言

 

スローコミュニケーション×子どもサイレントアート

娘さんに言われたエピソードを語る大空さん

 

そして、最後に今回のイベントでコラボさせていただいた「Ladybug Learning Project」の栗林大空(Jiyuu Kuribayashi)さんの想いも語っていただきました。

大空さんの娘さんと、そのご友人のお子さんが初めて会ったときのお話しです。娘さんが小学三年生のときに、「同い年のお友達と遊びにいくよ」と出かけた先で娘さんが会ったお友達は、重度の脳障害をもつ車いすに乗っている子でした。

娘は、まさか車いすの子が来るとは思っていないから、驚いたわけですよ。
ただ、その驚きというのが、どちらかというと好奇心のように見えた驚き方だったんです。
「これ何で付いてるの?」「酸素ボンベだよ」、みんなでお茶しているときも、彼だけアイスクリームを口からではなく、胃瘻なわけですね。
「今も本当に美味しいと思っていたのかな?」と、娘が訊くわけです。
でも、その子は全身でちょっと身体を動かしてみたり、表情が変わったりすることで、お母さん的には「きっと喜んでいるよ」という風に話したわけです。
その後、何事もなくお別れして、娘と二人で歩いていますと、いきなり娘が泣きはじめたわけですね。
わたしは、彼が何を思っているか、わかってあげられなかった。これまで大人は何をやってきたんだ…彼らの言葉を代弁するような文明の利器を発明出来た、そういったチャンスもいっぱいあったんじゃないの?という風に言って、泣くわけです。
わたしは何も言えないです。
ごめんね。
考えてなかったかもしれない。
じゃあこれから、あなたたちが考えるいいもの、新しいものをね、一緒に考えていこうよ。そうゆう風に話していきました。
わたしが主催するアートワークはなるべく、「重度の脳障害のある子も参加できます!」や「聴覚障害者ウェルカム!」とは一切言っていないんです。
当たり前に来てほしい。
それは彼らの権利なんです。
なので、ここのまちは小さいかもしれないですけど、ここが出発点になって、社会全体で当たり前のものとして捉えられるような考えが始まるといいなと考えています。

栗林大空 (Jiyuu Kuribayashi) さんの発言

大空さんは多言語がすごく好きだそうで、それぞれの言語の背景にある文化を尊重したいと考えていました。今回のイベントで改めて見た手話に、その文化、彼らの生きている世界をもっと知りたいと思われたそうです。
どのような実現のさせ方でも良い。茅ヶ崎、あるいは日本ではじまる手話の文化など、わたしたちをつなぐような新しい文化が生まれてほしいと考えていました。

那須は、声を出さないというたった一つのルールを課したサイレントアートには、実はさまざまな仕掛けがあるといいます。人の領域に踏み込むこと、踏み込まれること。その人の想いや意図、背景や伝えたい気持ちに、思いを巡らせること。
絵と絵をつなげるための、音声言語以外の駆け引き。つながりたいのか、つながりたくないのか。

それはきっと、ひととひとが繋がるためのプロセス。
普段「当たり前」のように使っていた音声言語というコミュニケーション手段を封じた時、人はどのように感情が動き、新たなコミュニケーション手段を模索するのか。どんな気持ちが湧き起こるのか。
じっくり自分自身の気持ちに向き合いながら、「気づきスイッチ」を家に持ち帰ってもらいたいと言います。

このサイレントアートのプログラムは、4Heartsとスローコミュニケーションパートナー(月額会員)たちと一緒にベースを考案し、画材などのアドバイスを栗林大空さんから頂きました。今後も定期的に開催していく予定です。
ぜひ、あなたも体験してみてください!

ライター